リンクとコネクトの違い:対話型鑑賞ファシリテーション講座から考えたこと(2)

先日、ACOPの「大学生と学ぶ対話型鑑賞ファシリテーション講座」の第2部に参加させていただいた。第1部で対話型鑑賞の背景理論を押さえつつ、鑑賞者としてのスキルのトレーニングを行ったのち、第2部はいよいよファシリテーションのスキルのトレーニングとなった。

今回参加して再認識した点は、他者の発言同士を対比するファシリテーションとしての、VTSにおける「リンク」と、ACOPにおける「コネクト」の違いである。『学力をのばす美術鑑賞』には、リンクについて下記のような記述がある。例示されているように、ある意見について賛成の人と反対の人がいる等、シンプルに意見をつなげることを意図しているファシリテーション方略と思われる。

◆学力をのばす美術鑑賞(2015年)
リンク(発言をつなげる)
[…]発言同士をリンクすることで、個々の意見がどのように影響しあっているかを示し、一見バラバラに思える発言でも、話し合う意味があることを子どもたちに示すことができる。「何人か同じ意見の人がいるようですね」と賛成意見をリンクすることで、複数の人が同じような見解を持つことの妥当性を伝える。逆に、「いろいろな意見があるようですね」と反対意見をリンクすることで、同じ物をみていても、異なる考えを持つ人もいる可能性を提示できる。(p.49)

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このようなファシリテーションになっている理由のひとつは、フィリップがファシリテーターを中立な存在であることを強く主張していることが挙げられるだろう。ファシリテーターが特定の意見をよいものとして取り上げることは、子どもの意見を教師が上から評価するというある種の学校的な振る舞いであり、VTSは学校とは異なる、すべての意見が認められる学びの場なのだと示すことを、フィリップは強く意図していたと思われる。

対して、ACOPの「コネクト」は、発言をつないだ上で、議論のレベルを一段階上げることも意図される。ACOPにおけるコネクトとは何か、定義している公開文書は見当たらないが、ACOPの考え方を汲んだ『教えない授業』には、(リンクではなく)コネクトというファシリテーション方略について言及されている。

◆教えない授業(2019年)
結びつける(コネクト)
言い方は異なっていても、複数の人が実は同じことを言っていることがある。それを結びつける。まったく正反対の意見にも、実は共通点があることをみんなで確認する。「〇〇さんの言ってくれたことにも似ているね」「〇〇くんも同じところをみていたんだね」等。
例えば、一人の鑑賞者が「この人は男だと思う」と言ったのに対し、別の鑑賞者が「私には女性にみえる」と言ったとする。まったく正反対の意見のように聞こえるが、二つに共通していることは「性別のはっきりしない人物が描かれている」ということ。共通点がみえると、新たな問いがみえてくるかもしれない。たとえば、「では、性別が不確かであることの意味を考えてみよう」といった問いが考えられる。p.184

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引用部の2段落目に書かれている事例から、「男性にみえる」「女性にみえる」という視点を統合して、「性別が不確かであることの意味」という次の問いを見出し、さらなる鑑賞につなげるファシリテーションが意図されていることがわかる。

コネクトについて、自分自身の研究でどう定義をしていたか再確認してみると、鑑賞中の発話をコーディングするという目的上、「二つ以上前の鑑賞者の言葉を一つ引き出し、対比させる」という、かなり操作的な定義を行っていたことに気づく。この定義だけだと、対比の意図まではコーディングされないため、リンクあるいはコネクト、どちらとも捉えうるものになっている。

◆平野・三宅(2015)
コネクト/結びつけ
直前の鑑賞者の言葉に対して、二つ以上前の鑑賞者の言葉を一つ引き出し、対比させるもの。
鑑賞者「頭の上の黒い部分は悩みを表しているように思いました」ナビゲイター「なるほど、さっきも、もやもやした不安という意見がありました」p.376

まとめると、VTSにおけるリンクが単に類似した/相反した意見を取り上げてつなげるのみであるのに対して、ACOPにおけるコネクトが意図しているのは、類似した/相反した意見を取り上げるだけでなく、それらの意見を使って、鑑賞中の議論を一段メタに上げることである、と言えるだろう。

語源をたどると、linkの語源は「輪」であり、往来や循環を意味するという。一方で、connectの語源はラテン語であり、con(ともに)+nectere(縛る)の2語を組み合わせたものであるという。新英和中辞典の訳語を参照すると、linkが「つなぐ、連接する、結合する」という意味なのに対して、connectは「(~と)結びつけて考える、連想する」という意味もある。この2つは日常的にも類義語として互換的に使われるが、語源も踏まえると、linkよりもconnectのほうが強い連関、表層でなく本質的な結びつきを意味するようにも思える。(そういう意味では、コネクトが日本語で「結びつけ」とされているのは、ニュアンスとして合理的なのかもしれない)

講師の伊達先生に「コネクトは2つの意見を結びつけて議論をメタに上げるファシリテーションであると考えると、つまりコネクトとは、リンクした上でのパラフレイズと言えるでしょうか」と尋ねたところ、「パラフレイズした上でのリンク、というほうが近いですかね」と返答をいただいた。意見の表層で類似した/相反した意見を捉えるのではなく、意見の深層にある鑑賞者の意図をパラフレイズで捉えた上で、深層の共通性をリンクする、というイメージだという。

コネクトについては、私自身の博士論文の中でも考察しようとしているところであり、対話型鑑賞を深めるためのコツはコネクトにあると言っても過言ではないかもしれない。引き続き検討していきたいと思う。

参考文献:
平野智紀, 三宅正樹. (2015). 対話型鑑賞における鑑賞者同士の学習支援に関する研究. 美術教育学: 美術科教育学会誌, 36, 365-376.
鈴木有紀. (2019). 教えない授業: 美術館発,「正解のない問い」 に挑む力の育て方. 英治出版.
フィリップ, ヤノウィン. (2015). どこからそう思う学力をのばす美術鑑賞: ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ. 淡交社.