文化芸術を「直接鑑賞」するのが最上の経験か?


内閣府による「文化に関する世論調査」(平成28年9月実施)の結果が公表された。調査によると、直近1年間に文化芸術を直接鑑賞した人の割合は59.9%だったそうだ。2020年までに文化芸術を直接鑑賞する人の割合を8割にするため、夜間開館や地方への巡回等、文化芸術に触れる機会を広げていく事が必要だとされている。
http://survey.gov-online.go.jp/h21/h21-bunka/index.html

さて、報告書の中で、「文化芸術を直接鑑賞しなかった理由」について尋ねているものがある。「しない理由」というのは非常に答えにくいところがある前提で、少し結果について考えてみたい。

「関心がないから」28%に無理に関心を持たせようというのは難しいと思うし、そこまでの必要もないと思っている。10.8%の「テレビ…インターネットなどで鑑賞できるから」は、別にそれはそれでアリじゃないかと思う。つまり、文化芸術を「直接鑑賞」することが最上の経験か、というところについて、きちんと考えるべき。ここを意外と根拠レスで考えてる人が多い気がしている。テレビやインターネットで鑑賞することでできることはないか。複製やプロジェクションでも、やり方によってはホンモノよりも深く鑑賞できることもあるのではないか。対話型鑑賞では、大判ポスターやプロジェクションで作品鑑賞をすることも多い。

それから、「時間がなかなか取れないから」46%「近くでやっていないから」11%の人は、開館時間が長くなったらほんとに行くのか、近くでやったらほんとに行くのか、というところきちんと考えたほうがいい。要するに関心がそこまでのもの、ということでもあるためだ。

来館者数が主要な評価指標になっているから、時間を伸ばしたり開催地を広げたりして「直接鑑賞」した来館者数を伸ばそうとする。テレビやインターネットによる鑑賞体験の把握と評価がきちんとできるようになれば、それも文化芸術の評価指標になりうるかもしれない。多様な受容の仕方を許容してはと思う。テレビの視聴率なんかもそうで、全録画やネット配信もある時代に、リアルタイムで視聴した世帯の数を数えて評価することにどれくらいの意味があるか。全国学力調査の都道府県別順位もそう。視聴率、順位、来館者数など、ひとつの数字だけでわかることの限界を認識しなければならない。

(写真:トマス・ルフ「アザー・ポートレイト」シリーズ@東京国立近代美術館)