発想・構想を重視したいから技能を教えない、ではない


週末の横国大附属鎌倉中の公開研究会、大変ためになった。附属の授業を拝見することができたし、それをもとに各地からいらした美術の先生と討論することができた(僕は鑑賞から入っているので、表現活動も含めた美術科教育全体についてはまだまだ勉強が足りてない)。

美術科の評価の観点は発想・構想と創造的な技能と鑑賞の能力、あと関心意欲態度に分かれてるわけだけど、附属の生徒は頭がよくて発想力があるから技能よりもまず発想を重視したい、何より美術を好きになってほしいという先生の思いはとてもよくわかった。一方で技能を重視しないということは技能を教えないということではない。人物をどのように描くかについてはある程度決まったやり方があるわけだから、自由な発想を重視したいと言ってもそれを教えないのはよくない。

変えるべきは評価である。また、それを生徒にオープンにすることである。と思う。上手い下手が評価されると生徒は思っているから「上手く描けないから美術は苦手」になるわけで、それだけではないよと言っておけば良い。生徒の発想・構想について、制作に入る前段階のワークシートや下書きでどんなことを考えたのか、制作した作品について込めた思いを言葉にして伝えることができたか、など、作品そのものだけでなく、そうしたところでも評価をすることを伝えておくってことである。

妻(美術科教員)に聞いたら、「上手く描けないから美術苦手」となる一番の原因は、上手く描いたことばかりを評価する教員にある、技能はあくまで四つの観点のうちのひとつよ、とのこと。技能はないけどアイデアはびっくりするほどすごい(発想・構想)、とか、技能はないけど鑑賞ではめちゃくちゃおもしろい意見を言う(鑑賞の能力や関心意欲態度)、とかもしっかり美術の力として評価しなくてはならんのですな。

上手い絵が必ずしも良い絵ではない、絵に思いを込めることが大事、というようなことは、たとえば制作前にルソーや素朴派の作品を鑑賞してみるとかの仕掛けによって、生徒に意識させることはできるのでは。とかとか、思ったりしている。