「異邦人」へのおそれとあこがれ?橋爪彩「Beautiful Stranger」

RED SESSION
銀座のポーラミュージアムアネックスで開催されている橋爪彩「Beautiful Stranger」に行ってきた。昨年の国立新美術館での「DOMANI」展や、今年の国立国際美術館での「ノスタルジー&ファンタジー」展でもひときわ目立っていた、どきっとする写実的な油画を描く橋爪彩(はしづめ・さい)さんの個展である。

ポーラミュージアムアネックス 橋爪彩「Beautiful Stranger」
http://www.po-holdings.co.jp/m-annex/exhibition/archive/detail_201409.html

描かれているのは、身にまとうファッションもアクセサリーもきわめて現代風の女性の姿なのだが、実は西洋絵画の構図やモチーフが引用されている。作品タイトルにもあるようにモチーフとしてChrolisやNarcissusといった神話の登場人物を登場させていたり、2011年の静物画Still Life with Skullではドクロに花飾りがついていたり、ハイヒールとMacBookが描かれていたりと、現代の日本と西洋絵画がごっちゃになったような感じだ。

Beautiful Stranger
Beautiful Stranger

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橋爪彩
青幻舎

会場にあった彼女の言葉からわかるのは、20代で渡欧し異邦人(stranger)としてまなざされることになった彼女自身の経験が作品に強く反映されていることだ。

知らないから怖い、自分と違うから排除したい、しかし分からないからこそ知りたい触れたい。表立って異邦人の魅力を認める事は彼らの自尊心が許さなかったが魅力に惹き付けられ注意が外せないでいるのだ。

そもそも、油画という技法自体、もともと日本のものではない。日本から留学してきた若い女性画家が、自らをまなざす奇異や好奇の視線の中で、自らを表現する手段としてあったのが西洋の油画であったこともシニカルなことと言えるかもしれない。

描かれるのは女性ばかりだが、女性の顔が後ろを向いていたり、髪で隠していたり、そもそも見切れてしまっていたりして、どれも目が描かれていない。まなざす主体としての女性ではなく、まなざされる対象としての女性の姿を、女性である作家自身が描き出していることにも、ある種の痛切さがあるように感じる。こうした「まなざされる経験」は、誰にでもあてはまることだとも読み取れる。

「異邦人」という感覚は、なにも日本-西洋や男-女というだけでなく、大人-子どもだったり、先生-生徒だったり、普段いるコミュニティとそうでないコミュニティの間などにも存在するように思う。異邦人=わからないもの、得体のしれないものへの、おそれとあこがれの入り混じった感情を、彼女は自身の経験をもとに鮮烈に描き出している。

展覧会は10月19日まで。